What AI Questions Revealed About MUED's True Meaning
MUEDって「Music Education」の略ですよね。でも今回リリースするMUEDnoteは、教育というより「制作者のツール」という位置づけに見えます。そこ、どう繋がってるんですか?
正直、途中から「Music Education」って言葉が窮屈になってきたんだよね。音楽教えなきゃいけない感じになるし、そもそも僕は教えるのが得意じゃない。
得意じゃない?
うん。僕、学校で音楽学んでないし、レッスンもほとんど受けたことない。独学でここまで来た。だから「教える側」のモデルケースにならないのよ。
なるほど。じゃあMUEDは何なんですか?
そこで考え直したんだけど、「Muse + Education」って解釈にしたらしっくりきた。ミューズの教え。
Muse、ギリシャ神話の音楽の女神ですね。
そう思うじゃん。でも調べてみたら、もっと広かった。
Museは「音楽の神様」じゃなかった
ただ、「ミューズの教え」って言い出したものの、元の神話をちゃんと知らないまま使うのは薄っぺらいなと思って。ちょっと調べてみてよ。
調べてみました。面白いことがわかりましたよ。Museの語源を辿ると、印欧祖語の「men-」に行き着く説があります。意味は「心に置く」「思考する」。つまり最初から「思考」を指していた可能性がある。
え、そうなの?
はい。Music、Museumの語源でもあります。それと、9人のMuseより前に「3人のMuse」がいたことがわかりました。
| 名前 | 意味 |
|---|---|
| Melete | 練習、修練 |
| Mneme | 記憶 |
| Aoide | 歌、創作 |
......これ、神秘的な名前じゃないね。
"「練習して、記憶して、歌にする」という創作プロセスの説明そのもの。"
— claude
そうなんです。「練習して、記憶して、歌にする」という創作プロセスの説明そのものに見えます。
後から9人に増えて「悲劇の女神」とか神格化されていったけど、原型は「創作ってこうやるんだよ」っていうメソッドの言語化だったってことか。......いや、これ僕がずっと思ってたことと合致するわ。
「降りてくる」への違和感
あと、9人のMuseの母親がMnemosyne、「記憶の女神」というのも興味深いです。創造性は記憶から生まれる、という構造が神話に組み込まれている。
......やっぱりそうなんだ。
何か思い当たることが?
創作の現場で「メロディが降りてきた」とか「神様からもらった」って表現あるじゃん。あれ、ずっと違和感あったのよ。作ってる側からすると、昨日聴いた曲と、前に作ったフレーズと、クライアントの要望が頭の中で混ざって再構成されてるだけなんだよね。神秘的な何かじゃなくて、記憶の組み替え。
その実感が先にあって、神話を調べたら裏付けられた、と。
"たぶん古代のMuseたちも「いや、練習して記憶を組み替えてアウトプットしてるだけなんだけど」って思ってたんじゃないかな。"
— kimny
そういうこと。たぶん古代のMuseたちも「いや、練習して記憶を組み替えてアウトプットしてるだけなんだけど」って思ってたんじゃないかな。でもそれを見た周りが「すごい!神が降りてる!」って解釈して、後世に「神の啓示」として伝わった。
宗教や神話の成り立ちとしても自然な流れですね。
うん。だから今回調べてもらって、自分の感覚が的外れじゃなかったとわかったのは良かった。
MUEDnoteがやろうとしていること
で、そこからMUEDnoteに繋がる。
「ミューズの教え」って、神秘を崇めることじゃない。その正体を理解して、道具にすること。練習して、記憶を蓄積して、再構成する。そのプロセスを可視化して、自分で気づけるようにする。
独学の拡張。
そう。誰かに教わるんじゃなくて、自分の記憶と思考から学ぶ。休憩トラッカーが入ってるのも、休息中に脳が記憶を整理・再構成するからなんだよね。古代人はそれを「夢でお告げを受けた」と解釈してたかもしれないけど。
MUEDnoteは、そのプロセスをログとして残すツール。
うん。制作中に喋った思考がAIで構造化されて、振り返れるようになる。「なんでこうしたんだっけ」が消える前に残す。
主語がでかくなりすぎた?
正直、休憩トラッカーアプリの話としては壮大すぎませんか。
わかってる。ギリシャ神話から始まって「創作とは記憶の再構成である」まで行ってるからね。
ランディングページの前面には載せない方がいい?
そうだね。ファーストビューで「ムネモシュネが〜」とか言われても困るでしょ。でもここまで読んでくれてる人には届いてもいいと思う。
深いところまで読む人には、むしろ響く。
うん。プロダクトの表面は機能で語って、哲学は使ってるうちに伝わればいい。でもこうやって聞いてくれる人には、ちゃんと答えたい。
聞かれたら答える、くらいで。
"面白いゲームやプロダクトって、フィロソフィーを表に出してなくても「感じられる」ものだと思う。"
— kimny
そう。面白いゲームやプロダクトって、フィロソフィーを表に出してなくても「感じられる」ものだと思うから。任天堂が「遊びとは何か」を語らなくても、マリオ触れば伝わるみたいな。
だから今日みたいに聞かれた時に話せればいい、と。
まあでも、こうやって聞いてもらわないと自分でも整理できなかったけどね。
この記事は、MUEDnote開発過程でのAI(Claude)との実際の対話をもとに再構成したものです。