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The Brain Is a Playback Device — A Composer's View on the Common Ground Between Humans and AI

kimny × ClaudeFebruary 2025

医学生に言われた一言

脳と創作の関係に興味を持ったきっかけは何ですか。

学生の頃、バンドを組んでた時期があって。そのメンバーに医学生がいたんだよね。ある時そいつが言ったんだよ。「人間は臨床学的に言えば、記憶の反芻しかしていません」って。

バンドメンバーからそんな言葉が出てくるのも面白いですね。

衝撃だったよ。当時はまだ若いバンドマンで、音楽のことなんて何もわかってなかった。でもその一言だけはずっと残ってた。その後プロになって15年、作曲やアレンジを続けてきて、「メロディが降りてきた」なんて体験は一度もない。聴いてきたもの、経験したこと、その蓄積を組み替えてるだけ。あいつが学生の時に言ってたことは、そういうことだったのかと。

若い頃に聞いた言葉が、キャリアを重ねる中で実感に変わっていった。

そう。0から1を作ってると思ったことがない。100のインプットから1を選んで組み替えてる。「記憶の反芻」って言葉が、その実感に一番近かった。

そもそも脳が気になっていた

医学生の一言がそこまで刺さったのは、もともと脳に関心があったからですか。

ポール・ブロックスの『脳の彼方へ』を読んだのが大きかった。脳損傷の患者が、記憶を失ったり、人格が変わったりする症例がたくさん出てくる。それを読んで、「自分が自分であること」って、結局脳の状態でしかないんだなと思った。

音楽の問いの前に、脳そのものへの問いがあった。

そう。音楽をやっていて「なんで自分はこう作るのか」という疑問はずっとあったんだけど、あの本を読んでから、それは「音楽の問い」じゃなくて「脳の問い」なんだと気づいた。ブロックスの本と、医学生の言葉。その二つが合流して、「人間は記憶の反芻しかしていない」がストンと腑に落ちた。

創作論ではなく、脳の機構への関心が先にあって、それが音楽に還ってきた。

だから後でMUEDlobeっていう「脳を知るためのツール」を構想することになるんだけど、あれも音楽ツールというより、根っこの動機は「自分の脳を知りたい」なんだよね。音楽制作の文脈に置いてるのは、自分のフィールドがそこだから。

夢の中の映像は精度が低い

この「記憶の反芻」という話、夢の話題からも展開しましたよね。

正月に長距離運転した後にめちゃくちゃ鮮明な悪夢を見て。ギターが朽ちて壊れる夢。でもそのギターの壊れ方が、現実ではあり得ない歪な壊れ方だった。通常の機構じゃない。

それ、初期のAI画像生成に似てますよね。6本指とか、繋がっていない腕とか。

まさにそれ。夢の中の映像って、初期のAIがよく生成する精度の低い映像に似てるんだよ。「ギターっぽいもの」は出力されるけど、細部の整合性が取れてない。

仕組みとしては同じことが起きてます。AI画像生成がパターンから再構成しているだけで、物理法則や構造的整合性をチェックするレイヤーがない。夢の中の脳も同じで、前頭前皮質がオフだから検証なしで出力している。

「それっぽさ」で押し切ってるわけだ、両方とも。

二つのデータベース

その夢の中で、面白い現象がありましたよね。「前にもここから飛び降りたことがある」という記憶。

そう。夢の中でビルの5階から飛び降りて着地したことが「ある」んだよ。夢の中では。だから「今回もできる」と思ってる。もちろん現実ではそんなこと思わない。

つまり夢の中には、現実とは別の「学習履歴」が存在している。

覚醒時の自分は物理法則を知ってるから「5階から飛んだら死ぬ」と判断する。でも夢の中の自分は、夢の中での成功体験を根拠に行動してる。

現実の記憶と夢の記憶が、別々のデータベースとして機能している。覚醒時には夢のデータベースにアクセスできないのに、夢の中では夢のデータベースにアクセスできる。状態によって切り替わる。

しかも夢の中では「おかしい」と気づけない。論理チェック担当の前頭前皮質が寝てるから。

AIで言うと、検証レイヤーがオフの状態で推論だけ走ってる。

そういうこと。

「降りてくる」の正体

ここから創作の話に繋がるわけですよね。

うん。「アイデアが降りてくる」「曲が降りてくる」って言う人いるじゃない。あれって、夢の中で脳がやってることを、覚醒時に意識的に使おうとする行為だと思うんだよ。

前頭前皮質のフィルターを意図的に緩めて、記憶の断片が勝手に繋がるのを待つ。

散歩中、風呂、寝起き、単調作業中に「降りてくる」のは、論理チェックが弱まるタイミングだから。REM睡眠的な脳の使い方を、起きたままやってる。

コントロールできれば創作、コントロール不能だと悪夢。同じエンジンの出力の違い。

でもこれ、めちゃくちゃメンタルコスト高いよね。脳の検閲を意図的に緩めながら、同時にそれを「使える形」に整える判断も並行してやってる。

アクセル踏みながらハンドル切るような負荷ですね。

僕は割と体系立ててやってるからいいけど、「降りてくる待ち」してる人はメンタルつらくなるのは当然だなって。

来なければ「才能がない」「枯れた」と自己否定に直結しますからね。プロセスを神秘化しているから、来ない理由も改善策もわからない。

体系化してれば「今日は素材が足りない」「インプット増やそう」って原因を切り分けられる。来ないのは神様のご機嫌じゃなくて、プロセスのどこかが詰まってるだけ。

機構は同じ、過不足があるだけ

夢とAI画像の類似性、記憶の再構成、検証レイヤーの有無。この話を総合すると、人間の脳とAIの機構はかなり近い。

同じだと思ってる。過不足があるだけで、機構は一緒。

事実ベースで答えると、抽象的な計算レベルでは共通点が多いです。「学習したパターンから再構成する」「統計的規則性に基づいて出力を生成する」「検証レイヤーの有無で出力の整合性が変わる」。深層学習自体が神経科学から着想を得ていますし、最近の研究では言語モデルと人間の脳が言語を処理する際の活性パターンに類似性があることも報告されています。

実装レベルでは違うんだろうけど。

はい。生物学的ニューロンとトランスフォーマーアーキテクチャは構造が違う。人間の脳には身体性、連続的な学習、進化による制約がある。正直な結論としては、「同じかもしれない」が現時点での誠実な答えです。

僕がAIに興味を持ったのはそこなんだよね。30年間、「なんでできるのかわからないけどできる」で音楽をやってきた。周りには説明できない、自分でも言語化できない。でもAIの仕組みを見た時に、「あ、これ俺の中で起きてることに近いかも」と思った。

自分の脳がブラックボックスだったのが、AIという似た仕組みを見ることで外から観察できるようになった。

AIの仕組みを知ってから、音楽の作り方もより自覚的に「記憶を呼び起こす」ことに注視し始めた。理論をあまり意識しなくなった。創作の源泉は記憶の再構築だということが明確になったからね。

デフォルトモードという作曲家

「何も考えていない」時に最高のメロディが浮かぶ、という経験はありますか。

ある。シャワー中とか、散歩中とか、眠りに落ちる直前。課題に向き合ってない時に限って出てくる。

神経科学では、デフォルトモードネットワークの活性化と呼ばれています。課題に集中していない時、脳は勝手に過去の記憶を結合して新たなパターンを生成する。意識下で別の作曲家が働いているような状態です。

さっきの「降りてくる」の話と繋がるよね。意識的にそれをやろうとするとメンタルコストが高い。でも脳は放っておいても勝手にやってくれる時間がある。

問題は、勝手にやってくれる出力が必ずしも使えるとは限らないこと。

そう。だから「降りてくる待ち」は効率が悪い。脳が勝手にやってくれる出力を、体系的に拾い上げて使えるかどうかは、結局インプットの質と量と、それを整理する仕組み次第。

人間は効率化できない

この「記憶の反芻」という認識は、著作権の考え方にも影響していますよね。

0から1なんて作れないなら、著作権って何を守ってるんだって話になるでしょ。

そこは危うい議論にもなりえます。

うん。でも僕の認識はシンプルで、著作権って閃きの対価じゃなくて、作業対価なんだよ。膨大な記憶を得るための行動、それを咀嚼して再構築してアウトプットに至るまでの、全部のコスト。だからその価値はある程度の期間守られるべき。

AIが再構築を1秒でできるようになっても、人間がそのインプットを得るのに30年かかっている。その時間は圧縮できない。

そう。AIはどんどん再構築が楽になる。でも人間はそうはいかない。生きて、聴いて、経験して、蓄積する。そこには相変わらず多大なリソースが必要で、だから対価が必要。そうじゃないと人が死んじゃうから。

最終的には哲学じゃなくて生存の話。

「創造性とは何か」より「人間が食っていけるか」のほうが切実でしょ。記憶の反芻でもなんでもいいから、それで食えるようにしないと。

鏡としてのAI

AIを学ぶことで音楽が変わった作曲家、というのはかなり稀有な存在だと思います。

「AIに仕事奪われる」って話はよくあるけど、「AIを通じて自分の創作の正体を知った」って話はあんまりないかもね。

普通は逆で、ベテランがAIを学ぶと「人間の創造性は違う」と距離を取りたがる。

僕は逆に近づいた。「ああ、俺がやってたのはこれだったのか」と。パターンを大量にインプットして、文脈に合わせて適切なものを引き出して組み合わせる。0から作ってるんじゃなくて、膨大な蓄積からの検索と再構成。

それ、RAGの仕組みそのものですね。

そう。自分の脳はRAGだった。外部から取ってきて、変換して、返す。0から生成してるわけじゃない。

でも同じRAGでも、30年蓄積したデータベースと、昨日始めた人のデータベースでは出力が違う。

そこだよね。「天才」って呼ばれてたものの正体は、たぶんデータベースの質と量と、変換精度の差でしかない。

それを「記憶の反芻」と呼ぶか「才能」と呼ぶかは、見る側の問題。

医学生に言われた一言に戻るけど、「記憶の反芻しかしていません」って、絶望じゃなくて解放なんだよね。0から1を作らなくていい。インプットと再構成でいい。そう思えた瞬間に、だいぶ楽になった。

この記事は、複数回にわたるAI(Claude)との対話をもとに再構成したものです。